うさぎ家族3

白うさぎの男の子海(かい)2008年推定~
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海は2008年の秋、某県某市の山奥にある自然公園に捨てられていた子です
周りに民家など一軒もない山奥なので、どこかから逃げてきた可能性は皆無。
明らかに捨てられていたのです。

見つけて保護したのは、小さな子どものいる夫婦。
某市には母方の祖父母が住んでおり、母と保護主の間に共通の知人がいたため、
うさぎを拾った話はわたしも当初から聞いていました。
関係者が全員存命のためw詳細は省きますが、そこでの海の暮らしは

1.近所の農家の人が不憫に思って野菜の残りを差し入れていた
2.野良猫やいたちなどがうろうろする庭で飼われていた
3.ときどきサークルから脱走すると、一目散に近所の畑に駆けていき、
  ブロッコリーをがつがつ食べていた。
 「ブロッコリーが大好きなんですねぇ」とは保護主の言。
4.地面に直接置いたサークルでは、やぶれたビニール傘が屋根の代わりだった
5.脱走すると追い回して虫取り網で捕獲、耳をつかんでサークルに戻した

などと言った証言から、その様子は見なくても察することができます。
海は雪のちらつく2月までこの状態で飼われ、
最終的には保護主夫婦は海を庭に置いたまま海外旅行へ。
知人によりわたしの祖父母宅へ連れてこられたのはその2日後でした

そのとき家にいた母によると、野菜やりんごを用意したにもかかわらず
暖かい室内に入れられた海はお腹を出してばたんとひっくり返り、
そのままぐっすり眠ってしまったそうです。疲労困憊、限界だったのでしょう。
その翌日、わたしが自宅からペレットや牧草を持って訪ねていき、
初めて海に会ったのです。

↓うちで再保護して5日目の海。なんか笑ってます
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↑この家にはうさぎ用設備がなかったので、元保護主所有のサークルを拝借

初めのころ、海は毎晩夜になると泣きました。
怖い夢を見るのでしょうか。
暗闇のなかから「きゅう~~~」とか「くぅくぅくぅ」という声が聞こえ、
具合が悪いのかと毎回慌てて電気をつけては無事を確認したものでした。

近所の獣医さんの見立てでは、推定1~3歳。
確実に1歳にはなっていると思うが、上は2歳か3歳かわからない、とのこと。
これはあとになってうさぎに詳しい獣医さんに診てもらったときに
うさぎは早い子では3歳くらいから白内障が出ることがある、でも、
この子はまだなんの兆候も見られないので、恐らく保護当時かなり若かった、
つまり当時1歳だったと思っていいのではないでしょうか、と言われました。
なので海はたぶん今年6歳なのです。

最初はうちで飼おうとは思わず、里親募集していたのです。
2匹はちょっと厳しいかな、と思ったもので。
でもね、だめですね、どんどんかわいくなっちゃうんですよ・・・
海はまるで人慣れしていなくて、撫でられるのも触られるのも嫌い、
ひとり遊びが好きでいつも人から離れてひとりでいました。
そんな海が少しずつなれて、甘えてくれたり走り寄ってくれたりすると
もうだめです。手放せなくなりました。うさ飼いの宿命です!

↓床がひんやりしてて気持ちいいよ
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↓書き物机のうえ、散らかり具合が最高に楽しいんだ
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↓新しいおうちを買ってもらったよ ロフトつきだよ
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↓お姉さんのぴょんさんはぼくがそばに行くと怒るんだ・・
pp

↓新しいベッドがきたり(ヒーター入りだよ!)
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↓おいしいおやつの味も覚えたよ
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年上の女の子ぴょんさんがいたせいか、海自身の性格のためか、
海にはどうしても「うちの末っ子」「お子ちゃま」のイメージがあります。
そしてそれはひとりっこになった今でもなぜか変わらないのです。
海、永遠の末っ子(笑)6歳になってもお子ちゃま。

ぴょんさんに比べると、体に対して頭が大きいので、
特に後ろ姿がいつまでたっても子うさぎっぽいのです、海って。
元気でやんちゃでハッピーさんのうちの末っ子。
かわいいかわいいかわいい海。

そして今日はブログを開設してちょうど1年めなのです
ブログ初心者というだけでなくさらにパソコンに弱いわたしに、
遠い日本からうさ友るこ丸さんが忍耐強く教え、指導してくれました。
ブログのトップ画像も、るこ丸さんが作ってくれたものなのです。

↓1年目おめでとう、ぼく!
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↑・・・なんできみなの?


↓それにしてもさ、ブログの主人公の紹介が開設から1年後って・・・
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Category: うさぎ家族

うさぎ家族2 後編

先代のテディと暮らしていたころはパソコンがまだなく
(↑日本語のできるパソコンという意味)
いわゆる「うさ友」もおらず、
テディの世界は家のなかの本当に小さな世界、
家族以外の誰に知られることもないままだったのです。最後まで。

↓ベビーパールのかんむり
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だから、ぴょんさんと一緒にあちこち出かけたり、
SNSなどを通してうさ友さんにぴょんさんの話を聞いてもらい
写真を褒めてもらい、一緒にうさんぽするのは喜びでした。
ぴょんさんを知ってくれてる人がたくさんいる、ということ。
とっても嬉しかったです。

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うさぎの多頭飼育体験談はいつかどこかで書こうと思っているのですが、
うさ友さんのうさちゃん2匹が寄り添っている写真を見て、

1.とっても仲良くなる
2.仲良くないけど、つかず離れずお互い干渉しない
3.けんかする

のどれか、でもまあせいぜい2かな・・という考えが甘かったです
3でした・・

いつも年上で先住のぴょんさんが優位でいられるように、
へやんぽもご飯もなにもかもをぴょんさん優先にしましたが、
ぴょんさんにはかわいそうなことをしたのかもしれない、とも思います。

↓それでも一緒にご飯を食べたり
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↓一緒にお誕生日をお祝いしたり
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↑毛布のむこうに海がいるんです

↓そういうことするから嫌われるんじゃない?ってことも
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↑レディのまえでおしっこする海
 しかもこれがぴょんさんとの最後の2ショットという・・・

うさぎって毎日昨日よりかわいく賢くなっていくので、見ても見ても見足りませんでした。
毎日あんまりかわいくて、甘えるぴょんさんがかわいくて温かくて寝不足でした。
お休みの日、ケージを掃除したり洗濯をしたりと家中歩きまわるわたしを、
居間から寝室、台所からベランダへとぴょんさんは走ってついてきました。
必死な姿に思わず笑ってかがみこみ、抱きしめて撫でると、
ぴょんさんは嬉しそうに目を細めてぐりぐり言いました。
本当に甘えん坊のひっつき虫で、料理をしている足元から見上げていたり、
テレビを見ている父に貼りついていたり、ふと気づくと足にぴったりくっついて
隣に寝そべっていたり。人が大好きな子でした。人見知りもしませんでした。

ぴょんさんは8歳でお月さまに還りましたが、わたしが一緒に暮らしたのは6年強くらい。
それでもたくさんの思い出があります。あふれるほどの宝ものの日々。

↓ベッドのうえが嬉しいぴょんさん
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天に召されることを「帰天」といいます。

ぴょんさんは特別いい子だったから、きっと神さまが頬ずりして
おかえり、おかえり、楽しかった?と聞いてくれるところを想像するのです。

楽しかったよ!また行きたいな!

ぴょんさんがそう答えてくれたなら、それ以上望むことはありません。




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1月18日。今日はぴょんさんの天国のお誕生日



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うさぎ家族2 前編

MIXの女の子、ぴょんさん(2004年9月推定~2013年1月)
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ぴょんさんはわたしにとってとっても特別なうさぎで
ぴょんさんのことをすべて語ろうと思ったらそれこそブログの容量オーバー、
読んでくださる方の視力低下を招きかねず
いっそ新しいブログを開設したほうがはやそうなのですが、
ここにできるだけ簡潔にまとめようと思います。

ぴょんさんは某ホームセンターの売れ残りさんでした。
テディをなくし、ペットロスどん底で一時帰国していたわたしは
7ヶ月まえに入荷した子うさぎの売れ残り、というその女の子、
生後1ヵ月で入荷したとしていま8ヶ月、一番遊びたい時期を
狭いケージのなかで過ごしてしまったその子が気になって仕方ありませんでした。

値札もなく隅っこの商品棚の一番下にいたその子は顔にブチ模様があり、
誰もが「わあ、かわいい」と言ってくれるようなタイプの子では
なかったかもしれません。もうすっかり大人サイズだったし。
まだいる、まだお迎えされてない、この子どうなるんだろう。
でもじきにドイツに帰るわたしにはこの子を飼うことはできない・・・
そしたら、母が「うちで飼うから買っていいわよ」と言ってくれたのです!

父がぴょんさんを溺愛し、1年後にわたしが帰国したときには
ぴょんさんは愛されたうさぎの顔、とってもかわいい子になっていました。
元気すぎて若干乱暴者でしたが、とっても丈夫で健康!
動物病院の問診表備考欄に父が「獰猛」と記入したことも(笑)
神経質なところのまったくない、おおらかでまっすぐな良い子でした。

いろいろ重なって不眠症状態になっていたわたしを
ぴょんさんは慰め、支え、活気づけ、励ましてくれました。
ぴょんさんが縁でたくさんのすてきなうさ友さんと出会いました。
テディをきっかけに始まったわたしのうさぎ世界は、
ぴょんさんを介して一気に広がり、豊かになりました。
写真枚数も一気に豊かになりましたよ。
先代テディのときにはまだなかった、デジカメを買いましたので!
このまえドイツに持ってくるためにデータをUSBに移したのですが、
うさぎ関係の写真だけで6800枚ありました←フツウでしょ?

↓「うさんぽ」というものをしてみたのも初めてでした!
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↑お友だちのぴょんくんと。
 うさぎの名前も飼い主の名前も同じ、ということで
 特別親しみを感じていたうさぎさん&飼い主さんです。

↓そしてやじうま(笑)好奇心が旺盛!
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↑お届けものはもちろん、買い物袋から出てくる人間の食品も
 郵便物もいちいちチェックしていました。

↓旧えさ入れトイレ
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↓あとから来た海とは仲良くなれませんでした・・・
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↑ひとりっこのお姫さま暦の長いぴょんさんには、海の存在が許せなかったのかも。
 ケージ越しはともかく、じかに会わせた日にはプロボクサーの世界を展開。

↓家の近所の野原で
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↓家のなかだと飼い主を蹴って逃げるので爪きりは外でしていました
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↑おやつにごまかされるぴょんさん

うさんぽに行ったり動物病院に行ったりと、
ぴょんさんと一緒に電車に乗る機会は何回かありました。

いつだったか駅のホームに、平日の午前中にもかかわらず、
髪を染めてズボンをだらしなくずり下げた、いかにもひねくれてます、
みたいな男子高校生の集団がしゃがみこんでいました。
この人たち、キャリーのすきまからぴょんさんを見るなり、
「うさぎだ」「すげーかわいいー」「見た?ほら見てみろよ」などと言いあい、
飼い主の目には突如すなおでかわいらしい坊やたちに見えてしまったのです。

あと、ぴょんさんはなぜか外人さんを引き寄せる力を持っていたようで。
電車に乗ると必ずアメリカ人が隣の席とか向かいの席とか、
ホームで後ろに並んだのがメキシコ人とか、
そしてOh my God!!とか how sweet!とか叫ぶのです。
もう、みんな素直なんだから・・・外国の人たちって正直ですよね。
写真や動画を撮らせてと頼まれたこともあります。

↓これは一番のお気に入り写真
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↑避妊手術後のぴょんさん

避妊手術には賛否両論あり、わたしも悩みに悩んで何年も悩んだのですが、
けっきょく血尿をきっかけに病院に行って、受けることになったのです。
両手は点滴で毛を剃られているし、痩せて車高(?)が高くなっているけど、
それでも胸をはって毅然としているぴょんさん。
この写真を見るたび、わたしもこんな風に生きようと思うのです。
3歩歩くと忘れますが。

ぴょんさんは冷暖房の都合で居間にいたのですが、
ときどきわたしの部屋につれてきたり、わたしが居間で眠ったりすると、
枕元にさかさまに横たわり、わたしの肩に頭をのせて眠り、
わたしはぴょんさんの温かな背中に頬をこすりつけて眠りました。
地上の天国です。
うさぎといると「このまま時がとまってくれたら」と願う瞬間ばかり。

ぴょんさんのすばらしさを語る言葉をわたしは持っていません。
ふくふくでふわふわで、香ばしくて、お日さまのにおいのぴょんさん。
甘ったれでひっつき虫。どこへでも走ってついてくる。
大きな黒い目には優しさと慈悲があふれて、まるで観音様のよう。
後ろから両腕ですっぽり包むと、ぴょんさんはわたしの手の平に
顎を乗せて安心しきって目を閉じ、そんな表情を見せることによって
わたしを骨の髄まで癒してくれました。
ぴょんさんはひと言で表現するなら「祝福のかたまり」だったのです。
神さまからの預かりもの。うさぎさんはみんなそうですね。



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うさぎ家族 1

わたしが初めて飼ったうさぎはいまから12年まえ、
ドイツで誕生日プレゼントにもらった黒うさぎ。

当時はうさぎって一般的ではなく、
わたしはうさぎに血統書や品種があることも知らなかったので、
丸くて耳が短いその子を、うさぎってこんなだったっけ・・・?
と思って眺めたものでした。石器時代の話です。

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↑2001年6月に我が家にやってきた生後4ヶ月の男の子
 真っ黒なネザーランドドワーフ

名前は、ドイツ人も日本人も正しく発音できる名前、
といったら他になにも思いつかなかったので、テディ。

テディは近所のブリーダーさんの「要らない」うさぎでした。
というのも、彼はラビットショーで優秀賞をたくさんとっているような
美しいチャンピオンうさぎを繁殖させては(高額で)売っているのですが、
生まれる子のうち何匹かはショーに出せないうさぎって当然出るわけです。

テディの場合は、両親はブルーシルバーのきれいな色だったのですが、
生まれた6匹のうち1匹だけ、先祖返りの真っ黒に生まれたのです。
美しいうさぎの血統を維持していくために、こういう子は間引くのですね。
ひどい話だけれど、その人の家の庭にはサークルで囲いがしてあって、
なかに10匹ほどのブチうさぎが入っていました。2~3㎏サイズ。
ブチ模様が左右対称のうさぎを目指していく過程で、非対称の子は間引く、
つまりサークルのなかの子たちは食用にされるのです・・
人の目に美しい動物を作るうえでのバックヤード。
かわいい黒うさぎをもらったというのに、なんとも沈んだ嫌な気持ちで帰宅。

びくびくと木の巣箱にこもって1週間を過ごしたあと、
顔を寄せたわたしの頬をぺろぺろと舐めてくれたテディ。
そこからわたしのうさぎ世紀が始まりました。

それまでも小鳥やモルモットや金魚や犬と暮らしていて、
どの子もすごくかわいかったし大好きだったけど、
うさぎと出会ってみて、なんてこった!と思いました。
ありえない。信じられない。
こんなにかわいい生き物がこの世に存在する理由がわからない!
心臓のど真ん中にはまった感じ。愛しすぎて脳がついていかれない。
まさにうさぎに出会うためにわたしは生まれてきたんだ!という感覚。
朝に見せたかわいい表情を胸にしまって仕事に行き、一日中思い出し、
なのに帰宅してテディを見ると、朝よりもっとずっとかわいくなっている。
人間相手には、ここまで深く恋に落ちたことはありませんでした。
いくら語ってもきりがないし、ブログの容量をオーバーしかねないし、
うさぎ仲間はすでに経験済み、言わなくてもわかってくれると思うので
省略しますが、2001年6月、ここからわたしの世界は変わりました。

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↑うさぎのぬいぐるみで遊ぶテディ。
 毎分毎秒、ここで時がとまれ!と思いつつ眺めていました。

当時はうさぎの情報はほとんどなく、獣医さんもそれほどうさぎに詳しくなく、
飼い主の無知も加わって、テディは3歳までしか生きられませんでした。
ブリーダーさんは、その年に大流行した死亡率ほぼ100%の伝染病、
RHDのせいだろう、と言いましたが、
今おもうとあれは毛球による胃拡張だったかと。
胃にどんどんガスがたまってぱんぱんになり、獣医さんでも匙を投げられ、
具合を悪くしたその日の深夜に、お月さまに還っていきました。
最後にちゃんとわたしを呼んで、お別れの挨拶をしてくれました。

わたしの最初のうさぎ、ぶどう色の大きな目をした黒い子テディ。
あの子と出会っていなかったら、いま周りにいてくれる大好きなうさ友さんたち、
誰とも縁のないままわたしは猛獣飼いかなにかになっていたかも。
あの子が導いてくれた道を大切に、これからもぽくぽく進みたいと思うのです。



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