同僚と子どもの話

パリから来ていた友だちの7歳の娘さんに
別れ際にネックレスをプレゼントしました。
娘さんはとっても喜んで気に入ってくれたようで
胸元のそれをずっと握りしめていました。

先日、そのお礼の絵手紙が届いたのですが

↓一部に海を描いてくれましたよ
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↑おめめはちゃんと青いんです


前回は文字だらけになるのを避けるために書きませんでしたが
小さな子どもの不思議な話、実はもうひとつあるんです。

2年まえの12月、わたしはクリスマスショップでアルバイトしていました。
むかし、上記の娘さんのお母さんと一緒に働いていたお店です。
そのとき、同じく繁忙期のアルバイトだったドイツ人から聞いた話。

その人が3歳くらいのとき、おばあちゃんから絵本をいただいたそうです。
それはアフリカに住む動物が描かれた絵本だったのですが、
その人はどれがきりんでどれがサイか、そしてシマウマか
ちゃんと言い当てておばあちゃんをびっくりさせました。
「どうして知ってるの?」と訊かれて小さかった彼女は
「むかし、ここに住んでたからよ」と答えたそうです。

これは本人の記憶していることではなく、
あとでおばあちゃんから何度も聞いた話なのだとか。
おばあちゃん、よほど驚いてあちこちで話していたのかもしれませんね。

その後時は流れて、今度は彼女の娘さんが3歳だったとき。
真っ白でわき腹に茶色い模様がひとつだけある
モルモットを飼うことになったときのこと。
なんていう名前にしましょうか?と訊いた彼女に娘さんは
「アフリカ」と答えます。
モルモットの名前がアフリカ???と思い理由を尋ねると
「この茶色の模様がアフリカ(大陸)の形だから」と答えたそうです。
「どうしてそんなこと知ってるの?」と訊くと
「むかし、ここに住んでたからよ」

すっかり成長した娘さんはそんなこと覚えていないそうです。

↑そして、文字だらけになってしまいました。


↓海ケージ、クリスマス仕様にしました
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↓うさ@さんが送ってくださった天使のキャンドル
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↑海の色、優しい青を見てると心がすーっとなります

↓ガラスのうさぎオーナメント
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↓それ、ぼくのキャンドル?
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↑クリスマスイブに火を灯そうね


もし動物が話すことができたら、
人間の子ども以上にたくさんのすてきな話を聞かせてくれるでしょうね。
ソロモンの指環がほしいなぁ。




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友だちの子どもの話

10月末の話ですが、日本人の友だちとその娘さんに会いました。
その人はむかしハイデルベルクで一緒に働いていた元同僚で
10年ほどまえにフランスにお嫁に行ったのですが、
それ以来なんと初めてドイツに遊びにきたんです。
7歳の、仏日バイリンガルのかわいい娘さんと一緒に。

当時わたしが黒いうさぎを飼っていたことはたぶん知ってるけど、
友だちはわたしがその後もうさ飼いだということも
うさぎブログを書いていることも知りません。
それなのに、その7歳の娘さんはわたしに初めて会うなり
「あなたはうさぎにそっくり」と言ったんです。
(↑日本語がちょっとばかり微妙)

先入観なしにそう感じたのだとしたらすごいですね。
というか、どこが似ていると思ったのやら・・・


↓花の都パリからきた娘さん
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↑肥やし臭い草原に大歓声


子どもって不思議だな、と思います。
その子はそのあとわたしのスマホの待ち受け画像の海を見て
「この子、もう死んじゃったでしょ?」
と言ったんです。



むかし、黒うさぎテディがお空に還ったばかりのころ、
帰国した際に友だちに会いました。

わたしのかばんには、神社のうさぎ年のお守りがついてました。
(わたしはうさぎ年ではありませんが、買うのはうさぎのお守りです)
友だちの当時4、5歳だった娘さん、
その子はそのときのわたしのうさぎ事情を知っていたのですが、
そのお守りをそっと撫でて言ったんです。
「これ、はなこちゃんのうさぎさん。
 死んじゃって、いまはこのなかにいるんだもんね」
泣くのをこらえるのが大変でした。


小さい子どもって本当に不思議ですよね。
言葉がまだ拙いから詳しく説明することはできないだけで
実は大人が忘れてしまったたくさんのことを知っているのかも。

通りで遊んでいる幼稚園児をつかまえて部屋に連れ込み、
どう、白いうさぎが見えない!?って訊いてみたいです。
本当に。


大きな茶色い目をしたパリジェンヌな娘さん、
一緒に遊び、たくさんおしゃべりをしてくれ
手をつないで歩いてくれ・・・というより
引っぱられてあちこち駆けずりまわされたのですが
久しぶりに大人のつきあいとはまるで違う次元で遊んで
気分が変わりました。

7歳。
言葉がわかるぶん意思の疎通はより早いけど、
知能としては海と同じくらいかな。同い年くらいだし。


↓それ、褒めてるの?
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↑ぼくのほうがずっとおとななんだけどな


はなこ地方、おとといの日曜日は雪でした。
朝起きたらうっすら積もっていたけど、
そのあと雨に変わってみんな溶けてしまいました。

毎日チェックしていた天気予報・今日の気温ですが
海がいなくなってからはまったく見なくなりました。
ついこのまえまで 36 とか 38 といった
恐ろしい数字を並べてみせていたのに、
久しぶりに見たら -1 とか 5 という
うすら寂しい数字ばかりになっていました。

もうすぐクリスマス。


↓ぼくのツリー、今年も飾ってね
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朝のひとくち

バナナが大好きなうさぎさんって多いですよね。
普通、自然にうさぎが生息している場所にはバナナはないので
(りんごやさくらんぼなら、落ちたのを食べるでしょうけど)
どうしてこんなにバナナが好きなのか不思議なくらいです。


海がお空に帰る1週間くらいまえだったでしょうか、
台所にあった最後の1本のバナナが傷みかけていて
そろそろ食べないとだめになっちゃうところだったんです。
そこでいつものように朝食のトーストをのせたお盆に
半分に切ったバナナを足して海部屋に行き、
海と分けっこして食べました。もちろん、海にはひと口だけですが。


もう半分はその次の日に。
そしたら、もう覚えちゃうんですね、
3日目の朝、お盆を持って入っていったわたしに走り寄ってきて
一生懸命たっちして、期待にあふれた顔で見上げるんです。
海・・・なんて賢い


バナナはもうなかったので乾燥パパイヤをあげましたが、大喜びでした。
バナナじゃなくても、ちょっとひとくち、が嬉しいみたい。
それからは毎日なにかしら「ひとくち」をあげることに。


↓いいもの、みつけたよ
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↓このおやつ、だいすき
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最後の木曜日の朝も、たっちしておねだりしてくれたんです。
お盆をベッドのうえに置こうとしたわたしのふくらはぎに
かわいい両手を ぽふっ、とかけて。
あの幸せな感触。
思わずにっこりしちゃいました。
その夜から食べなくなるなんて思いもしなかった幸せな朝。


幸せな夜。
幸せなねんね。


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ドイツ在住のうさ友ゆりさんが、絵本を届けてくださいました。

↓Belle & Boo 「おやすみなさいのじかん」
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初めて見る絵本でしたが、調べたらイギリスで大人気で
日本でも翻訳やグッズが販売されているそうです。

↓なにをするのも一緒のふたり
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海とわたしもこんな風だったなぁ。
もちろん一緒に歯みがきはしなかったけど、
一緒に朝ごはん食べて、夜にはお茶を飲んで、本を読んで。

↓ベッドのなかではなかったけど
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↑あんよのケアのあと、こんな風に向かいあってお話しして



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「ぼくたち、ずっと一緒?」
「ずーっと一緒よ!」


見ていると涙が止まらなくなってしまいます。

ゆりさんは、
うさぎの色は海くんとはちがうけど、
はなこさんと海くんもこのふたりみたいに永遠に一緒です!
とお手紙に書いてくださいました。
その断言がとても嬉しかったです。
一緒に送ってくださったお菓子や紅茶もおいしくいただいてます。
ありがとう、ゆりさん。


ゆりさんは、ドイツ国籍の2匹のうさぎさんと暮らしています。
お会いして一緒にお茶を、というにはちょっと遠すぎるのですが
いつかかわいいうさぎさんたちに会いに行きたいです。



この絵本は現在全部で3冊出ているみたいです。 


絵本ナビ ←ここでまるごと読むことができます。
登録(無料)が必要ですし、まるごと立ち読みは1回だけですが、
絵本の好きな人には嬉しい情報がたくさん載ってますよ。






Category: 思い出

うさぎの瞳

草食動物の多くは、とっても穏やかな目をしていますよね。
うさぎさんも、かわいらしくて優しい目をしています。
それは、子うさぎのころからそうなんですけど、
大人になると変わってくると感じた方、いませんか?


わたしの初めてのうさぎテディは3歳半までしか生きなかったので、
もっと若いころと比べて特に変わった印象は受けませんでした。
2代目のぴょんさんのときに感じたんです。
歳をとるほど深みが増すというか、表現が難しいんですけど、
撫でているときにわたしを見上げる大きな目に溢れているのは
暖かさ、優しさ、愛情、慈愛。そして深い信頼。
とにかく、なんともいえない目で見るんですよね。
観音様の目のよう。
と、当時は表現していました。


もちろん、大好きなおやつの袋に突進してくる姿には
慈愛なんてかけらもありませんでしたが(笑)


それに気づいたのは、ぴょんさんが7歳くらいのときでした。
当時4歳だった海には、感じたことはありませんでした。


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海も同じような深い目でわたしを見るようになったのは
たぶん、1年ほどまえからでした。
ぴょんさんと同じ、暖かな感情に溢れた瞳で見つめるんです。


撫でているとき、添い寝をしているときにふと見ると、
なんともいえない、大きくて深い深い目でじっとわたしを見ていて。
間近だから、吸い込まれそうで。
海にこんな目で見てもらえる自分はなんて幸せで光栄なんだろう、
そう思いつつも同時になにか少し悲しくなるような瞳でした。
なんでそんな目をしてるの?って訊いたこともあります。
答えがないのはもちろん、
次の瞬間いきなりがばっと頭をあげて
わたしの顔面を殴打してくださったりするのですが。


写真にうまく撮れたことはありません。
写真にすると、どうもあの深みはあらわれていない気がします。


大人になるとこんな目をするようになるのかな、と思ったのですが、
今、よく考えてみると、ぴょんさんも海も
それは最後の1年ほどだったかもしれません。


以前、あるうさ友さんが
言葉の通じない、種の異なる存在と信頼関係を築けることは
実はとてもとてもすごいことなのだ、と言っていました。
その信頼、絆は、人間同士より強くなり得るのだ、って。


↓ベッドのうえでグルーミング
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↓この手の持ち主が羨ましくてなりません
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↓このときのはなこは本当にわかってたかな
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↓自分がいまどんなに愛しい存在に触れているのか
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↓自分がいまどんなに幸せな人間なのか
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昨日の仕事のミスをうじうじ悔やんだり
今日はあと掃除とアイロンがけもしなくちゃと考えたり
明日の午後のお出かけには何を着ていこうか悩んだり
わたしは海がわたしに向かってきたほどまっすぐ純粋には
海に向かっていなかった気がする。


「いま」を100%生きることは、ヒトにはなかなか難しい。



このまえ、DVDを見ました。

↓ずっとまえから見たかった映画「大いなる沈黙へ」
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修道院のなかに流れる時間をただ撮影したものです。
修道僧たちの「時間」。
「生活」といえるほどの物語性はありません。
沈黙の修道院なので祈りの言葉以外の声はなく、
聖歌以外の音楽もなく、聞こえるのは鐘の音と虫の羽音。
約3時間、それだけです。

これがいまのわたしにはとっても良かった。
見ているうちに疲れた心も頭も空っぽになっていって、
見ているうちにそこをなにか違うものが満たしていく。
神さまの領域、海のいる場所にちょっと近づいたような気もち。
100%の「いま」。


あまりお勧めはしませんw
特殊だし、人によってはすごく好きになるかもしれないけど、
人によっては退屈で眠くなっちゃうと思うので


魂が洗われたような気持ちになりました。


予告編は こちら で見られます。









Category: ペットロス

寒い金曜日

↓はなこ地方、木々はぐんぐん紅葉して落葉しています
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↑お友だちのおうちのベランダから撮った景色


先週の寒い寒い金曜日、お葬式がありました。

わたしが行っている毎週金曜日夜の体操の会には
20~60代までの女性が参加しています。
そのなかの60代の姉妹、
お姉さんのほうの旦那さまが今年の6月に、
妹さんの旦那さまが先月亡くなったのです。

旦那さまのハンスさんは何年もまえから寝たきりで
わたしは一度もお会いしたことはありません。
葬儀は村の墓地付属の小聖堂で行われました。

故人の宗派によって地区の牧師さまか神父さまが呼ばれます。
さほど広くない小聖堂内に座るのは遺族と親戚、故人の友人たち。
奥さん側の知人でハンスさんとは面識のない人々は
スピーカーから流れる賛美歌を聞きながら外に立っていました。

神父さまのお話も聞こえてきます。

この世界から一歩足を踏み出した人に、
わたしたちがしてあげられることはもうありません。
だけどイエス・キリストがすぐそこで腕を広げて出迎え、
「おかえり、愛しい子」と呼びかけ、彼を抱きしめ・・・

わたしはこのあたりでもうぐずぐずびしょびしょでしたw
もちろん、ハンスさんをおもってのことではありません。
(ハンスさん、ごめんなさい・・・)
周りの人たちはきっと変に思ったことでしょう・・・

式が終わると納骨です。
遺族が骨壺を抱いて、みんなで墓地へと向かいます。

ここでわたしはなんとか普通の顔に戻ろうと鼻をかみ、
泣くな!泣きやめー!!と自分を叱咤しながら
ティッシュでぐいっ!と目をぬぐったのです。
そして顔をあげたら、右目の視力が落ちていました。

コンタクトが取れちゃった!?
あわててティッシュを広げたけど、ついていません。
みんな行進を始めていたので
地面に落ちてるかどうか探す暇もなく。
おかげで涙も鼻水もぴたりととまりました。

納骨のあと、みんなで村のレストランに行き
(冠婚葬祭その他イベント専用の、貸切りレストランです)
お茶を飲み軽食をいただいて故人を偲び、
帰宅してから気づいたのですが・・・
コンタクト、まぶたの裏かどっかに入り込んでいたのです
まぶたを押すとごろごろちくちくと痛みます。
水で洗ったり目薬集中豪雨を試したのですが、取れません。

明日は眼科に行かなきゃだめかも。笑われそうだな。
そう思ってしょんぼりと座りこみ、
じゅうたんのほつれをいじいじと引っぱっていたところ
出てきました。なんと目の上ではなく右側から。
しかもきれいに3つに折りたたんだ状態で。

↓9月後半
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↑ブログ用に用意してあった海の写真

↓とっくに干上がったグレープジュースのお皿を
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↑いつまでもいつまでも舐める姿がかわいすぎて

大好きでしたね、ぶどうのジュースやパイナップルジュース。
あげるのは時々、ほんのちょっぴりなのですが
あまり喜ぶので追加であげたいのを堪えるのが大変でした。


残された友だちのこれまでの生活、毎日が
どれだけハンスさんを中心に組み立てられていたか
いなくなったいま、人生がどれだけ空っぽに感じられるか
たぶん、とてもよくわかる気がするので
落ち着いたらお花を持って遊びにいこうと思っています。

優しく力づけてくれるお花を持って。




喜びのかたまり

悪いことばかりじゃない、と思うわけです。

もう朝の5時に起こされることもないし、
冷蔵庫の野菜の在庫を常に気にする必要ないし、
病院代はかからないし、
踵のケアとお腹マッサージの最中に
わたしの膝のうえで眠ってしまう海につきあって
30分以上固まってる必要もないし、
暑いの寒いの低気圧だのを気にする必要もないし、
帰りが遅くなっても気にすることもないし、
洗濯機をまわす回数もぐんと減ったし、
気楽でちっとも悪くない。

そう考えてるうちに景色がにじんで見えなくなってきますが。


うさ飼いさんならとうにおわかりのように、

早朝に起こされること、
おいしい野菜を常にそろえておくこと、
病院代、ご飯代のために働くこと、
寝顔を眺めること、
ふくふくに乾いたマットやタオルを取りこむこと、
できるだけ急いで帰宅して顔を見ること、

は、どれも大きな喜びでした。


うさぎって、なんていう存在なんでしょうね。
ナオミさんもブログうさぎと暮らすということのなかの
愛うさぎ花ちゃんの回想録に綴っていますが
うさぎがそばにいると普段は面倒くさい家事でさえ
光にあふれた大切な大切な日常の喜びになるのです。


うさ友のくう姫さん、シュウママさん、ちぃ♪さんから
海色のプリザーブドフラワーの入ったフレームが届きました。

↓青いお花は海くん、
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↑パールははなこさんで、ふたりはいつも一緒、って
 (真珠ははなこの誕生石です)

さっそく海の写真を焼き増ししてきて入れました。
1~2枚でいいのに選べなくて、

↓けっきょく30枚も焼き増ししましたが・・・
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↑サイズの問題でフレームに合う写真は限られました・・・

そのお店では最小がはがきより若干大きいサイズだったんです。

↓一緒に、六ちゃんのママtomo_tomoさんからも
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↑うさぎ風呂敷に包まれた月うさぎのストラップとうさぎ懐紙が

それから箱に入っているのは

↓かわいいでしょう
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↑うさぎとお月さまのお菓子です

↓海ケージのなかの写真の海が
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↓いつもなにかを問いかけるような表情なので
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↑目があうたびに「大丈夫よ」と言っています

↓手前にあるうさぎはろうそくたてです
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↑右側の栗のいがは・・・カードなんです!

いがを左右に開くと、なかから栗が出てくるんです
ブラックノールさん(Black Rabbit)が
日本の懐かしいものを食べてはなこさんが元気になったら
海くん、きっと喜ぶから、と
お煎餅やたきこみご飯の素やふりかけ、お菓子を
このカードと一緒に送ってくださったのです。

海がつないでくれた、たくさんの優しい人たち。
いつも励ましてくれて、寄り添ってくれて本当にありがとう。


海は喜びのかたまりでした。
いつもにこにこしていました。

いったい、なんていう存在なんだろう、と思います。
海に限らず、うさぎっていうのは。

病気になってしまって、
あたりまえにできたことができなくなってしまって、
傾いた首では痛みや不快感もあっただろうに、
おやつを喜び朝を喜び、走って走ってはしゃいでみせ、
ころりと転がって幸せそうに眠り。

その顔にあきらめや悲しみが浮かぶことはなく、
かといって根性や努力が見えたこともなく、
あるのはただ常に希望や喜びや期待でした。

このブログを見てくださっている何人かの方が
「いつもにこにこしている、笑顔の海くん」と
海のことを表現してくれていますが、本当にその通りで。

ただただ、いまそこにあることを喜ぶ。そこにいることを喜ぶ。
その仕草、表情、姿そのものから喜びを発散する。
これはもうほんものの神さまの宝もの、
神さまが深い深い愛をこめて造ったとしか思えない存在。


わたしの好きな、読むと慰められる詩があります。
英国ではお葬式でよく読まれるのだと聞きました。
日本でも翻訳が出ているようですが、
著作権の問題などいろいろあるといけないので、
大雑把に自分で意訳したものですが、それはこんな詩です。



死なんて、なんてことないもの
わたしはただそっと隣の部屋に移っただけ
あなたとわたしの関係も距離も
これまでとまったく変わっていないのです

これからもわたしの名前をいつもと同じように呼んで
声を落としたり
悲しい声音になったりしないで

いつも一緒に笑いあったみたいに
これからも笑って、楽しんで、微笑んで、
そのなかでわたしのことを思って

あなたにとって人生はこれまでと同じ意味を持っているのです
なにもかも途切れることなく続いているのです
死はそのなかの、とるに足らない出来事のひとつ
わたしの姿が見えなくなったからといって
そこにいないということにはならないでしょう?

わたしはすぐそばであなたを待っているのです
ほんのつかの間、
次の角を曲がったところで

なにひとつ過ぎ去ることはなく
なにひとつ失われるものもなく
少ししたら、すべてはまた以前と同じようになるのです。
そのときにはこの別れのハプニングを思い返して
わたしたち、どんなに楽しく笑いあうのでしょうね!



 Death is nothing at all   
 ヘンリー・スコット・ホランド(英国の神学者・詩人)  


むかし、実話の臨死体験で死後の世界を垣間見た人が、
そこには自分の大好きな人たちが、
もう亡くなった人だけじゃなくまだ生きている人たちも、みんないた、
と話したという記録を読んだことがあります。
普通はまだ生きてる人も死後の世界にいるなんて妙ですが、
その人は死後も大切な人たちと一緒にいられることを知って
安らかに旅立っていったのだそうです。

それを思い出してこの詩を読むと、
それは本当なのかもしれないと思います。
「隣の部屋」からいつでもこちらを覗いたりこちらへ来たり、
現世の人間の曇った目には見えないだけで、
本当はみんなそばにいるのかもしれません。

天の国は
雲のかなたの遠い場所ではないのかもしれない。


↓そうだよ!
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↑このぼくの(ぐーたらな)姿、いまも見えるといいのにな





Category: ペットロス