犬林さん(仮名)のわんこ



ご無沙汰しています。ロッキーちゃんはとんでもなく元気です。


↓ええ、元気にきまってるわ、まゆこ若いから
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いっぽう、はなこのほうは。
過労と加齢で体調が最低ラインまで落ちて、3月半ばまでおやすみをもらいました。
疲れはててなにもかもがうまくまわらないところへ首~肩を傷め、
整形外科でもらった薬があわなくてごはんが食べられなくなったことで
さらに落ちて風邪までひきました
けど、一週間寝こんで、ちょっとずつ元気になってきましたよ


まだまだ修行が足りなくて、こんなんじゃ海にあわせる顔がない。
からだが弱ると気持ちも落ちて人格が変わる、なんてことじゃこまります
このところずっと、わたし自身いちどもお知りあいだったことがないような
スーパーダブルベリーブラックはなこになってました
  




コロナウイルスで世間は大騒ぎですが(わたしのはただの鼻風邪なのですが)
ついにハイデルベルクでも感染者が出たそうです
ドイツは、中国だけではなく韓国、イタリア、イラン、そして日本も、
簡単には入国させない国リストに入れたそうです。


感染症に対して過敏ですぐに不安がる愛しいドイツの同僚・犬林さん(仮名)が
今回のことでどれだけパニックになっているかと思ったら、
我が子のように愛したわんこさんがお空に帰ってそれどころではありませんでした。
音声メッセージをくれたのですが、泣ぎながら話すので聞きとれず・・・
お別れから6日経つのですが、いっしょにかわいがってきた同居の彼氏さんは
すでに立ちなおって犬林さんの涙にうんざりした顔をするのだとか
まあ、おじさん(もと夫)なんて翌日にすでに立ちなおっていましたからね。
火葬の日のおじさんの態度、そして3日ほどあと、めそめそしているわたしにイラついて
「休暇がちっとも楽しくない!」と怒鳴り、その後2週間口もきいてくれなかったことは
その後、離婚に踏みきる際の最大の動力だったかもしれません。


あのとき近隣で見つけた動物用火葬場はふたつ。
ANUBIS(エジプトの神さまの名前) と Himmelswelt(天の国)。
前者は遺体を預かって火葬し、後日家に配達されるタイプ。
わたしが選んだのは後者で、ここは火葬まえにお別れの時間をじゅうぶん取ってくれ、
待合室もあり、終わったらすぐに返してくれるところでした。
にこりともしない(←葬儀だからあたりまえ?)、おそろしく陰気な顔つきの男性が、
それでも心をこめてとても丁寧に海をあつかってくれましたっけ。


不思議なんですが、海の帰天3日ほどまえ、まだなんの予兆もなかったとき、
なにかを検索していて、このHimmelsweltに行きあたったんです。
悲しくもきれいなHPに、ああこんなところもあるんだ、って気にとめてあったのです。
それがなかったら、直後はパニックで冷静に火葬場の検索なんてできませんでした。
犬林さんもおなじように、前者のパンフレットが動物病院にあったのでそこを選び、
ほかを調べるようなゆとりや気力はなかったそうです。


あのとき、口から内臓が出るんじゃないかってくらい号泣した。
近所の人たちは犬が吠えてると思ったかもしれない。
きっといま犬林さんもそのくらい泣いてるんだろうな。
わたしがおやすみで、かのじょの話を聞く時間がたっぷりあったのは、
かのじょのわんこがそうしてくれたのかもしれないな。


寝こんでるあいだ、ラインで犬林さんの話を聞いて、
最初は悲しいとか悔しいとか、わんこがどんなにいい子だったか、
などしか言わなかったかのじょが、今日は、最期がどんなだったか、
原因はなんだったのか、ということをやっと言えるようになって、
わたしも海のときを思い出して、地球のこっちとあっちとでいっしょに泣きました。




↓桜が咲いていましたよ
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↓実は3週間まえの画像
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老化してパソコンに触りもしない日々でしたが、こうしてログインしてみると
わたしが放置していたあいだも、海ブログを見にきてくれてる人がいて、
訪問履歴を見てなんだか嬉しくなりました。

ありがとう




↓はなこ父がこのまえ買ってきた謎のパン
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4年めのハッピーバースデー



↓ぼく、きょうで4さいになったからもうおにいちゃんだよ!
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ぴょんさんと海とくらしていたころ。日本で。


ずっとひとりっ子のお嬢さまだったぴょんさんは
あとからきた海を受けいれてくれず、いっしょにへやんぽはさせられなかったので、
すこしでも各自のへやんぽ時間が増えるように、ぴょんさんは居間で、
海はわたしの部屋でくらし、それぞれへやんぽしていました。


つまり海は、わたしが家にいるときはいつもわたしといっしょ。
仕事に行っているあいだはケージのなかにいましたが、
帰宅してからは翌朝まで、部屋のなかで自由にしていました。


夜はベッドのうえで、わたしのまくらもとや足もとで眠り、
朝になっておなかが空くと、わたしを起こしてくれました


と、書くとほほえましい感じですが、海の起こしかたはあまり紳士的ではなく・・・
ほっぺやまぶたをちいさなあたたかい舌でなめて起こしてくれるときもあるのですが、
たいていはまくらを叩いて、ついでにわたしの顔も叩いたり、
まくらにのってすごい勢いで掘るついでに、わたしの耳も掘ったり。
いちばんひどいのは携帯電話のストラップをくわえて遠心力を利用して投げ、
わたしの頭にぶつける起こしかたでした たしかに効果はてきめんでしたが
起きると、海はうれしそうににこにこしてわたしを見ていました。



あたらしい、うれしい1日がはじまったよ! おはよう!



↓ぼくのベッドなんだけど
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↑はなこにも貸してあげるんだ、しかたないから


↓まくらのそばにあるのが
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↑ぼくの武器、ケイタイデンワだよ


目を覚まして海を見ると、まぶたをぴったり閉じてすやすや眠っていて、
わたしが上半身を起こしてのぞきこんだら、マットレスだって揺れるし、
なまぬるい鼻息や気配を感じると思うのですが、
海はあまりに無防備にすやすや眠っていて、
あまりにいとしくてそのままずっと眺めた寝不足の夜はいくつあったか。


わたしがトイレに行くために立つと、さすがに目をさました海は
寝てていいよ、と言っても、いつもトイレまでつきあってくれました。
いっしょに部屋を出て、トイレのドアのまえにすわって待っているんです。
そしていっしょにベッドにもどってまた眠りました。


わたしの部屋に海がいた、というより、ふたりの部屋だった。
はなかい部屋。



↓ぼく、ふわふわしたのがだいすきだから
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↑ベッドでねんねするの、だいすきなんだ


↓きもちよくて
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↑ほっぺがむに~んってなっちゃうよ


↓はなこがおしごと行くときはケージのなかで
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↑ぼく、ちゃんとおうちを守ってるよ



海といっしょにくらした部屋を出て、いっしょにドイツに行きました。
ドイツでいっしょにいた約2年は、すごく濃い2年でした。
病気で以前のように活発には動けなくなった、でもそのぶんおとなになった海と
深くて濃密な魂の対話をたくさんした日々。
対話といっても、わたしがおそわったもののほうがずっと多かったし大きかった。
からだは消えてしまっても、ちゃんと存在しているっておしえてくれたのも海だったしね。


天の国に生まれて4年になった海。
どうかいつまでも、こうしてつながっていて。






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空につづく道


あたたかでふわふわな海を最後に撫でてから
今日で3年がすぎました。

わたしという人間のはんぶんで毎日の暮らしを楽しみながら、
音楽を聴いたりお友だちと出かけたりおしゃべりしたり
あたらしいことをはじめたり失敗したりを楽しみながら、
もうはんぶんではつづきの世界、空のさきの世界に焦がれながら、
どうしてもというときにはいつでも自分で行かれるんだということが
どんなにおおきな励ましと慰めを与えてくれるか、
そして世の中にはおなじようにそれがあることで生きていかれる人が
たくさんいるんだということを知ったりしながら、

3年がたちました。



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海とのおわかれのことは、当時のブログで報告しました。
だけど、あそこに書いたことはぜんぶ本当のことだけど、
起ったことのぜんぶではありません。

あのときは、この記憶をとどめてこれからを生きていくのは辛すぎる、
そうするにはこのさきは長すぎる、遠すぎてもう歩けそうにない、
そう思っていました。

ぜんぶを知っているのは(話したのは)、この世のなかにふたりだけ。
そのひとりがそのときにくれた言葉で、
そのことをなんとか受けとめて納得することができたと思います。
時間はかかったけど。





↓お耳かいかい、気持ちいい~
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↓もっと~ 
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↑つぶれたうえにピンボケ しあわせなじかん


↓ぼく、今日で3歳になるんだから
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↑昨日よりパワーアップして、もっとすごいんだよ!


↓だからこんな写真のせるのやめて
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↑もうあんよのケアも目薬もいらないんだからね!


たくさんの、たくさんのしあわせな時間
あたたかなふわふわ時間
青いひとみに見つめられた時間

いつまでも、ずっとそこにあるもの

過去におこったことは決して変えられないし、変わることもない。
それが悲しいこともあるけど、心強いときだってあるね。
ずっとそこにあるんだよ、永遠にね。


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3年がたって、
いまもわたしが歩いてるこの道はまっすぐ空につづいてる。
空と地面の境目がきえる場所が見えてくる日をたのしみに、
道のうえにあるものぜんぶをきちんと見て感じて聞いて、
まえむきでもうしろむきでも傘に穴があいていてもいいから。
いっしょに歩いてくれるみんなと、これからも。


そしていつか帰国して準備がととのったら、
あのときに言葉をくれたうさ友さんのところから
うさぎさんをお迎えしたい、そうできたらいいな、と思っています。





海、3歳のお誕生日、おめでとう。







Category: ペットロス

どんなきみでも



海のことがまるごとだいすき。
それには条件なんてひとつもないんだ。

だから

やんちゃで元気いっぱいだった海も
いたずらばかりしてあれこれ壊した海も
おなかの痛い海も
病気をして入院してた海も
不自由なからだになってもにこにこしてた海も
どんな海もぜんぶだいすき。

充電器のコードを噛みきられても
買ったばかりの陶器のうさぎを割られても
ひと晩眠れずにおなかをあたためた夜も
心配で泣きつづけた日々も
うれしくて心から笑った毎日も
どれもおなじにだいじ。

そしてそれはいまも変わらない。
条件なんてないんだ。

だから、

死んでしまってもうここにはいない海のこともだいすき。
いなくてもさわれなくてもふわふわじゃなくてもあたたかくなくても。


お別れしたときの悲しみや衝撃はとてもとても大きくて深いから
大きくて深い傷になっていつまでも残る。
でもそれはわたしだけの問題であって、いまの海には関係ない。
思い出すたびに自分で頭を叩きわりたいような気分になるけど、
そこに立ちどまっているのはわたしだけで、海は先へと走ってく。

何度も思いかえして自分を痛めつけることも、
もう考えない、忘れようって努力することにも意味なんかなくて
ただ、その傷そのものには大きな意味があることに気づいた。

だって海がこう言うから。


↓どんな心の傷もね、それは鍵なんだよ、はなこ
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↑いつかふさわしい時がきたら、ぴったりあう鍵穴を持つ扉に必ず出会えるからね



2年経ったね。
2年もかかっちゃったよ、
海がほんとうにいまもそこにいるってわかるまで。

見えないからさわれないからふわふわじゃないからあたたかくないから、
わたしの知ってた、無邪気で人間の事情なんてわからない海じゃないから、
すぐわからなくて時間かかっちゃった。



いつも話を聞いてくれて、考えや気持ちを率直に話してくれて、
甘くて薄い優しさでただわたしの言葉に同調するんじゃなくて、
しっかりと強く根を張った意見をぶつけてくれる、
天の国に小さな家族がいる友だちが助けてくれたおかげで
いろんなものが見えてきた。

息を吹きかけただけでひらひらと揺れる1枚のわたしの半紙に
思索の半紙を何枚も重ねて少しずつ本になっていくのを助けてくれる。
Cさん、いつもありがとう。


さあ、海、今夜はどんなおしゃべりをしようか。


↓おしゃべりよりバナナがいいよ!
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おくりもの


海は午前0時すぎに帰天したので命日は27日なのですが
わたしにとっては26日の深夜がお別れのときでした。
あれから1年。
長かったような、短かったような。
あのふわふわに最後に触れたのは1年もまえだったかしら。

何度も心に描いて、幾度も触れ幾度も抱きしめた1年。

ふわふわの手触りや安心する体温や愛しい重さを
本当に感じたように思えるまで何度も幾度も思い描いた1年。


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一緒に暮らしていたときもいつも海のこと考えてたけど
寒くないか、暑くないか、快適に過ごしているか考えていたけど
いなくなってからはもっと海そのもののことを考えてたと思う。


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海のケージにはいつもペット用ヒーターが入っていたのですが、
そのコードには齧り防止蛇腹ガードがついていて、
海が内側からそれをひっぱるとコードがケージ金網をこすって
ガガガガガーッ!というかなり派手な音が出たんです。
海はわたしを呼ぶのにそれを使っていました。

毎朝、目を覚ますと力いっぱいそれをひっぱって、
おひさまの笑顔で顔を出しおはようと言う。
扉を開けてスロープをセットするのを待ちかねて
喜びではじけんばかりの勢いで飛びだし、
わたしがスロープを片づけご飯を用意するあいだ、
部屋中を走りまわる。


うれしいね
うれしいね
朝がきたよ

おはよう 
おはよう!


言葉がなくても、喜びって伝染する。
見てるとこちらもうれしくなってきて、
疲れていようとこれから仕事だろうと外は嵐だろうと
朝がうれしくなってきてわたしまでにこにこしてしまう。

そしてわかったのは、喜びというのは心に跡を残すということ。
海がいなくなってからも心のどこかにその名残りがあって、
喜ばしい感覚がときどき揺らめく。
疲れていたりこれから仕事だったり海だってもういないし
うれしいことなんてこれといってないときでも。
わたしが取りこんだ海の一部が うれしい って言う。

もらったもの
おひさまのよろこび
おくりもの

それを我がものとし、ふくらませ、誰かに分けること伝えること。
それができたら、それはきっと天の国の花になって
海もぴょんさんもみんなもそれを見てきっと喜んでくれる。


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あなたたちがそこにいるから天の国とつながる。
そこから言葉が降ってくる。
伝えて、天の花をここに咲かせたい。

天と地とで同じ花が咲く。
天の国と連動していく。


海、天に生まれて1年。

1歳、おめでとう。





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